Feb 10, 2010

- Question 3 - 大学1年で気付いた社会の歪み

こんばんは。
Yujin.Hです。

今日はあったかかったですね。
Yujin.Hは最近楽しく就活をしています。
結局、楽しくないと、決まってからも楽しくないはず。

あと、今日セミナーにいったらある女の子に話しかけられて、
ある人が自分に会いたいと言っているとのこと。
以前その女の子に自分のことをいろいろ話したのですが、
噂が噂を呼び、ちっちゃな世界で有名になってるらしいです。笑
ありがたいことです。本当に。




さて、本日は大学1年生の頃に気付いた、社会の歪みについてです。

キーワードは「細分化」

カテゴリーによってわけられる効率化された世界。
それはどこにでもあるもので、
例えば高校ならば文系と理系。
大学ならば学部。
企業ならば業種とか職種。

もっとも細分化されている世界はおそらく医療ではないでしょうか。



細分化とは効率性や生産性を著しく上げ、
ひいては専門(=スペシャリスト notプロフェッショナル)を作り上げる、
確固たる制度として各界で当然のごとく取り入れられています。
もちろん社会が発展する基盤として多大な効果をもっているとは思いますが、
これは歪みを生むものではないでしょうか。

対岸の火事。
”餅屋”は”餅”のみ。

Inter-Activeな世界に見えない壁を構築し、
教育の世界においては(特に日本のような格差前提のゆとり教育下では)、
自主性のある者のみを褒めたたえる制度と言えなくもないと思います。
もちろんそこがゆとり教育の目的の一つであったことは明々白々ですが、
それがあらゆる業界で現在も息づいていることは、
非常にもったいないことのように思います。


それを壊し、風通しを良くして
世界の幅を拡げる方策を3年間練り続けて、
だんだんと形になりつつあり、近日中に事業計画書を作成する予定です。



現在のSOCIOは細分化の一途を進み、
思考の幅と行動の幅を狭めているように思います。

さて。
どうやってRE:しましょうかね。

Feb 4, 2010

- Question 2 - ”フツウ”であることはつまらないことなのか。

おはようございます。
Yujin.Hです。


トヨタ大変なことになっていますね。
文字通り会社にブレーキかかってますね。




さて、今回は意外と軽いようで、大きな話です。

みなさんが”フツウ”という言葉を聞くと、
どういったイメージをもつでしょうか。

一般的、と変換しますか。
常識、基準と変換しますか。
もしくは起伏のない人生をイメージしますか。
取りとめもないことをイメージしますか。
もしくは政治とカネの関係でしょうか。笑

就活生にとってはどうでしょう。
安定、と解釈されるでしょうか。
はたまた「商社と金融を全般的に志望してます!」みたいな言葉でしょうか。
(気分を害したらゴメンナサイ。笑)


では”フツウ”の対義語はなんでしょう。
変、とか、トンガリ、といったところでしょうか。



世の中で脚光を浴びる人や、称賛される人ってのは
大抵がフツウじゃない人です。
どこかに光る才能や人生をもっています。
Steve Jobs然り。勝間和代然り。南場智子然り。



フツウなんて嫌だ!人間は個性的であるべきだ!

と、いう人もいると思います。
ちっちゃいころから天邪鬼だったり、
とりあえず目立ちたがり屋だったり。
(そもそもフツウ=個性的でない、という図式自体が歪んでいる気もしますが。)
(かくいううちの大学は”個を強くする大学”らしいです。微塵も感じません。笑)



そんな人達へちょっとした疑問。
そしてフツウを求める会社へ、疑問。
フツウじゃないことをモーレツにアピールする人へ、疑問。


平山は、生き方として
フツウじゃないほうが断然楽しいと思う人間です。
起伏あってナンボ。
賭けてナンボ。
トガってナンボ。

かといって平山の思うフツウを否定する気はありません。
フツウがなければ”フツウじゃない”は生まれませんし。
社会にとって必要なポーションだと思います。

また、フツウのことなんてやってられっか!と言ってる人は、
ただのわがままかもしれませんし、自己満足のための天邪鬼を気取っているだけかもしれません。

かく言う平山も高校生ぐらいまではそうでした。
目立ちたがり屋というよりは、どちらかというと天邪鬼で、
とにかく人と違うことがしたい、と思っていました。

ただ大学に入ってからは”フツウじゃない”の質を高めようと思いました。
具体的に言葉に落とし込むとするならば、
”開拓者”です。

平山の考えでは開拓者は以下のように変換されます。


開拓者=天邪鬼×(経験に基づく根拠+分析をもとにした行動+インパクト)+ヒラメキ


就活では一貫してこれをもとに自己紹介をしているのですが、
これが生まれてきた源泉は、アインシュタインと村上春樹でした。

フツウじゃないことが許されないor受け入れられにくい社会において、
平山の思う価値ある人間とは「現代もしくは未来におけるフツウを作る人間」です。
ある意味で”ルール”を作る人間なのかもしれません。
(cf : エンゼルバンク http://morningmanga.com/lineup/30





今回のRE:SOCIOにおけるSOCIOは
「フツウであることを善とするorしてきた日本社会」です。

・物申したい人、意見・批判大歓迎です。

Jan 31, 2010

-Question 1- 世界の抱える問題、抱えるであろう問題



世界の抱える問題とは何か。
これから自分たちが暮らし、作り上げていく社会の問題は何か。


多数あると思います。
例えば私が現在注目しているのは「Neo高福祉国家のモデル」です。

みなさんも御承知の通り、北欧の多くの国家は福祉国家と言われています。
税金の高さは世界基準にしても非常に高く、スウェーデンやデンマークに至っては消費税率が25%と世界最高レベル。

ここでおもしろいのは、高福祉国家と言われる北欧諸国は、現在景気低迷を続け、
そのレジームの影響から大企業のみの生存が維持されているだけです。
そして、北欧諸国が現在目指している国家モデルは日本ということが注目されます。
消費税率5%で社会保障制度がガタガタの日本が、高福祉諸国のモデルとみられているわけです。



話が逸れましたが、今回の首題にあるように、
これからの世界が抱える問題とはなんなのでしょうか。

私は「ITの進展とその終焉(変化)」と考えています。

現在の多くの企業の事業モデルにおいて、ITは欠かせないものとなっており、
ベンチャー企業の多くはホワイト・スペースを見つけようと様々な事業展開を見せています。

しかし、社会は常にパラダイム・シフトによって激動を迎えてきました。
興味のある方はトーマス・クーン氏の『科学革命の構造』をお勧めします。

現在の世界を席巻しているものは明らかにITだと思います。
もはやPCは生活必需品となり、モバイルも急成長を見せ、ついには「iPad」まで登場しました。

現代における革命ともいえるITの成長はどこに着地するのか。

おそらくそれは人間そのものへの最適化だと考えます。

人間の行う活動全てにテクノロジーが適応され、
もはや人間無しでも世界が廻ってしまうのではないか、と思います。
これは問題というよりも一種の危機感にも似た感覚ではありますが、
その行きつく先がどうしても明るくは見えないのです。

医療が倫理と戦い、kindleが倫理と戦い、Googleもいずれは倫理と戦うことになります。
それはITも同じではないでしょうか。


グローバル化のもたらした影響は過度に大きく、
現在まで成長(膨張)を続けています。

このことが、将来の世界において、もろ刃の剣として立ちはだかるのではないか、と考えています。




【議論求む】
・ITの今後についてどう思いますか?
・あなたの考える「今後の世界が抱える問題」はなんですか?
・それに対する効果的な打ち手はなんですか?


人に意見は発言無しには伝わりません。
届きませんし、変えられません。